知られざる小国世界遺産 - マルタ

バレッタ市街

地中海に浮かぶマルタ島は、聖ヨハネ騎士団が入植し築いた城砦の島です。
中世の組織された騎士団は、十字軍遠征と密接にかかわり、聖地エルサレムを巡礼するキリスト教徒を護り看病し捕虜や奴隷になった同胞を救出する、この旗印の下に青い血が流れると喩えられた貴族の子弟を集めた組織でした。

~マルタと聖ヨハネ騎士団~

イスラムとの対立が深まるにつれ戦闘色を帯びていきますが、聖ヨハネ騎士団も赤字に白のマルタ十字を掲げた宗教騎士団でした。

それまでの200年間薔薇が咲き誇るキリスト教徒の前哨基地、と称えられたギリシャのロードス島を本拠に活動していた彼らが、スレイマン大帝率いるオスマン・トルコに破れ、流浪した後に拠点として与えられたのが岩だらけのハゲ山の島、マルタ島でした。

この島のバレッタ市街は1980年に「世界遺産」に登録されました。

1530年に聖ヨハネ騎士団が本拠地として移り住んで以降、この島のバレッタ市街の城砦化と整備が始まります。

湾に向かって突き出した半島の全てを、砦とする街づくりが着工されたのです。 世界遺産のバレッタ市街の要塞化が拡充するのは、16世紀半ばの事です。

日本で桶狭間の戦いが切って落とされた5年後の1565年、5万人の兵を率いた宿敵オスマン・トルコ軍がマルタへ攻め込んできたのです。 迎え撃つマルタ勢は1万人に満たない勢力です。 聖ヨハネ騎士団は3年の死闘の中、島を守り抜きました。

異教徒からヨーロッパを守る最後の砦として、名声は瞬く間に広がり、莫大な寄付金が集まりました。 この寄付金で城砦はますます堅牢になり、海に浮かぶ砦の威風堂々とした姿は、類を見ないほどに完成されていきます。

海上から眺めるマルタのバレッタ市街は、難攻不落の印象そのものですが、中心部に彼らの守護聖人である聖ヨハネ大聖堂が佇んでいる姿は、歴史の流れを現代に伝える証人のようです。

このバレッタ市街にあるマルタの大聖堂には、カラバッジオの名作「聖ヨハネの斬首」が飾られています。

聖ヨハネ騎士団は、オスマントルコとの攻防戦から230年の後、エジプト遠征へ赴くナポレオンの軍に攻め落とされ、島を去ることになります。

島を追われるまで騎士団総長が住んだ公邸なども見学でき、バロック建築の集大成といわれる美しい街並みは訪れる人全てを、魅了することでしょう。

聖ヨハネ騎士団の本拠は、現在ローマの中心街コンドッティ通りにあります。 珍しい切手が帰る場所として、マニアの間では有名です。

平和な世の中が訪れ、剣と楯を捨てた彼らは、現在世界中で、医療活動に従事しています。 貴方の街の聖ヨハネ病院がそれ、医療活動が騎士団の現在の仕事です。 以外に身近な存在ですね。 マルタも時の流れに現れ、現在は潮風がすがすがしい人気の島になりました。

世界遺産のあるこの島は住民の倍以上の70万匹の猫が住んでいます。 猫達と戯れながらのバレッタ市街の「世界遺産」観光って、行ってみたくなりますね。

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