バルト三国世界遺産 - ボスニア・ヘルツェゴビナ

ヴィシェグラードのソコルル・メフメト・パシャ橋

ボスニア・ヘルツェゴビナは、我々日本人にはあまりなじみのない街です。
ただ記憶に新しいのは 内戦が有って大変なことになった国だということは 日本でも何度となく取り上げられていました。 それ以外、スポ-ツとか特産品とかあるとかの特徴のある国ということは有りません。

その世界遺産のボスニア・ヘルツェゴビナヴィシェグラードのソコルル・メフメト・パシャ橋からはあの作家のイヴォ・アンドリッチが出た町ではあります。

彼は「ドリナの橋」という作品でノ-ベル賞を取っています。
第二次世界大戦中にベオグラードで書かれ、1945年にベオグラードで出版されて、それから16年後の1961年にノーベル文学賞に輝いています。

その話はオスマン帝国の宰相が子供の時から、信じられないような苦労を重ねて、宰相にまで上り詰めて、ドリナ川に橋を架けることに着手する。 しかしながら志半ばでイスラム教徒により暗殺されてしまう。 彼は死んでも 彼の意図を汲んだものが10年の歳月をかけてその白い橋を完成させる・・・・という話です。

そして橋をはさんで いろんな国が接触しており、侵入を阻止するために せっかく作った橋を・・・となります。 そして この小説にはモデルが有ります。

メフメド・パシャ・ソコロヴィッチ橋は、ボスニア・ヘルツェゴビナ東部、スルプスカ共和国の町ヴィシェグラードに現実に存在します。
そして小説にあるように、市内を流れるドリナ川に架かっていて、当時の天才と言われたオスマン帝国の宮廷建築家だったミマール・スィナンが設計して作り上げたものです。

ソコルル・メフメト・パシャ橋の名前は、この橋の建築を命じた大宰相ソコルル・メフメト・パシャ (Sokollu Mehmet Pasa) に由来する物です。

その全長は 179.5 m で、11の石組みのアーチで構成されています。
今では珍しいこともない、ヨ-ロッパではよく見かける橋ですが、当時のオスマン帝国の建築水準の高さは、凄いとおもわせます。

まあ、江戸時代に 5階建ての高層建物が突然作られていたのを、偶然見つけたときのような鳥肌が立つ感じなのでしょう。
そして2007年にユネスコの世界遺産、ヴィシェグラードのソコルル・メフメト・パシャ橋に登録されています。

そしてまだ記憶に新しいですが、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争中のヴィシェグラードの虐殺では惨劇の現場にもなりました。
一つの村がなくなってしまつたということとか、3000人が殺されたりしたのが つい最近の話なので 地元ではその後遺症はいまだにいろんな所に現われています。

そんなこんなの中での2007年、世界遺産登録でした。
2例目の登録で、最初の登録物件であるスタリ・モストも同じく、橋の世界遺産でありました。

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