アフリカ世界遺産 - モザンビーク

モザンビーク島

澄みわたるようなラムネ色の海と、白いビーチが続く、モザンビーク島はその歴史的文化遺産の価値の高さから、1991年「世界遺産」に登録されました。

~貿易風をつかまえる島~

古くから交易の拠点として、貿易に長けたアラブ人が頻繁に往来し、インドで採れる貴重な香辛料などの貿易業にいそしんでいました。 商人達は、アフリカの太平洋側からインドの間を吹く貿易風を利用して、帆船を目的地へ進めていたのです。 また象牙や金銀などアフリカ全土から集められた貴重な品が、この島に集められ、喜望峰を回りヨーロッパへ運ばれていったのです。

日本とも関わりの深い島で、キリスト教を伝えたフランシスコザビエルは、喜望峰をまわりアジアへ出帆する前に、モザンビーク島で季節風を待ったのです。 また天正遣欧少年使節も同じ事、彼らも往復どちらの時も、この美しい島で、風向きが変わるのをずっと待っていたのでした。

また織田信長が宣教師であるヴァリニャーノ神父から献上された黒人奴隷は、モザンビーク出身の少年だったと言われます。 ヤスケと命名された彼は信長に可愛がられ、武士として処遇されたたため、並々ならぬ忠誠心で信長に仕えました。 けれども本能寺の変で信長が没した後、天下統一を果たした豊臣側によって、インドのイエズス会へ送り返されてしまいました。
モザンビーク本土から3kmで結ぶ橋を渡れば、この島に到着します。
モザンビーク島は直径2kmの細長い島です。 海上交通の要衝として、貿易民族アラブ人の影響が色濃く残るスワヒリ文化が見られる世界最南端の土地と言われています。

その後ポルトガルの支配を受け、ポルトガルが東インド会社を置いたことから、スワヒリ文化とポルトガル文化が融合し、他では見られない、独特の文化様式を継承している貴重な島なのです。

16世紀に入植したポルトガル人たちが残した遺構である、サン・セバスチャン要塞やノサ・セニョラ・デ・バルアルテ礼拝堂、サン・パウロ宮殿等の建造物が見ものです。 入植したポルトガル人の手によって整備された要塞は、1558年から1620年にかけて建造されたものです。

実は、この砦の修復工事にあたり日本が資金を提供したものです。 貴重な「世界遺産」で、私達の税金が役立っているのも喜ばしいことですね。

この島は魚料理がとても美味しいところです。 街中には魚のから揚げなどが売っていますし、物価はとても安いです。 島の何処を歩いても綺麗だし、海は抜けるような水色で、頬を撫でる潮風が、気持ちよく旅情をくすぐる島です。

リゾートホテルもあるので、「世界遺産」と、とびきりのリゾートを堪能できる旅になりそうですね。

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