アフリカ世界遺産 - ナイジェリア

スクルの文化的景観

ナイジェリアはアフリカでもっとも人口の多い国で、日本よりも多いです。
北部はキャラバンによる貿易を通じてイスラム教が浸透している一方、南部は土着の宗教と植民地政策によるキリスト教が広まっています。
南部では石油が産出するため、天然資源を巡った内紛が繰り返され、ビアフラ問題のような深刻な事態が起きた事もあります。

~ナイジェリアに栄えた製鉄の文化~

カメルーンとの国境に程近い北東部のベヌエ川沿いのスクル高原では、17世紀頃から製鉄が盛んになりました。 この地域に段々畑を利用した農作と製鉄業により栄えてきた集落があります。

その集落は自然の地形を利用しており、丘の上に花崗岩で出来た宮殿を構えて首長が居住し、宮殿内部の道は幅5~7mで石による舗装がなされていました。

世界遺産のある集落の区画は石で区切られており、まるで現代の区画整理がなされた土地の様に整然としています。 この点で、ナイジェリアの他の地域の集落とは一線を画しています。 身分の高いものほど丘の上の方に居住していました。

整然としていますが、純粋に機能的な街づくりをしただけでなく、宗教的な意味合いもある街づくりをしていたようです。 例えば墓地は各々の氏族や社会集団が持っていました。 首長は例外的に宮殿内に埋葬されていました。

製鉄所はそれぞれの家の近くに建設されており、とりわけ集落の経済活動にとって重要とされています。

日本でもたたら製鉄の際は厳かな儀式を執り行いますが、スクルでの製鉄でも何らかの宗教的儀式が行われた事は疑いのないことです。 その証拠として祭壇が見つかっており、その周辺からは多数の陶器も発掘されています。

製鉄を中心に高い技術を誇った世界遺産のスクルの文化的景観の集落は300年ほど栄えましたが、1912年から1922年に近隣の部族の襲撃を受け、荒廃していきました。 ただ、製鉄所はナイジェリアがイギリスからの独立を果たした1960年まで稼働していたようです。

製鉄所が活動を停止した後、集落の人々は北あるいは南の平原へと移住していきました。 それでも今もなお1万人以上が在住しており、スクルの文化的景観や伝統を今に伝えています。

独特の製鉄文化を残すこの地域は、1999年にスクルの文化的景観として世界遺産の文化遺産に登録されています。 わずか7.6平方キロメートルの地域ですが、それだけの小さな地域が北アフリカに鉄の文化を広めていったという点で影響は非常に大きい訳です。

ナイジェリアの世界遺産スクルの文化的景観を見学する際は、丘の上の宮殿だけは徒歩で登る必要がありますが、ほとんどの場所はバイクなどで回る事が出来ます。

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