アフリカ世界遺産 - ジンバブエ

国史跡グレート・ジンバブエ遺跡

アフリカ大陸の南方、南アフリカ共和国の北東側の隣にジンバブエ共和国があります。
ジンバブエとはショナ語で「石の家」という意味です。宮殿という意味も含んでいます。 この国名の由来となっているのが、世界遺産の国史跡グレート・ジンバブエ遺跡です。 同国の紙幣の図柄にもされた事があります。

首都ハラレから南方300kmのところに位置する世界遺産のグレート・ジンバブエ遺跡は、東西、南北それぞれ1.5kmにもわたる広い遺跡です。 ショナ族が築いたと推定されており、王あるいは首長一族の宮殿とみなされています。

特徴として、直方体に切り出された花崗岩のブロックが積み上げられています。
積み上げ方も四角形ではなく、円や楕円なのです。

アフリカ大陸は欧米とは全く異なる文化が育まれていた訳ですが、その理解が進んだのはごく最近です。 ヨーロッパ諸国による植民地化の時代には、誤った解釈がなされていました。

例えば19世紀にはグレート・ジンバブエ遺跡は、エルサレムのソロモン神殿を模倣したものと解釈されていました。他にもアラビア文化によりもたらされたもの、西アジアの文化が伝わったものとされた事もあります。 また、遺跡の発掘方法も現在とは比べ物にならないほど杜撰で、破壊されたところもあるようです。

20世紀に入り、考古学に基づく正確な調査がなされ、現在も在住しているショナ族が築いたものだという事が認識されました。 この理由の一つとして、今もショナ族が使っている土器と、遺跡から発掘された土器片がほぼ同じものである事が分かったからです。

このように独創的で高度な文明がジンバブエで築かれていた訳ですが、20世紀初頭は白人が優等な人種であるという考え方に支配されている人々が学者にも多く、なかなか受け入れられなかったようです。

この地域に人々が居住を始めたのは紀元前2500年頃と推定され、遺跡として残っている石造りの建築物は西暦650年頃から建てられ始めたと考えられています。 一番大きな物は、建物の周囲を長さ200m、高さ10m,幅6mほどの壁で取り囲んでいるものもあります。

規模から考えると、日本の古墳やエジプトのピラミッドと比べても遜色のない立派なものです。 最盛期には人口が2万人を超え、インド洋との交易ルートを握っていたために強い権力と経済力を保持していました。

ただ栽培と放牧を繰り返し土地がやせた事、人口集中による木材の対呂伐採により衰退し、15世紀末にはグレート・ジンバブエは放棄されてしまいました。

現在、世界遺産国史跡グレート・ジンバブエ遺跡の石組みの建造物は荒らされずに残っています。

世界遺産国史跡グレート・ジンバブエ遺跡へ行くまでの交通ルートがやや困難ですが、その困難を乗り越えてでも見るべき価値はあります。

国でさがす
イタリア
スペイン
中国
フランス
ドイツ
メキシコ
イギリス
インド
ロシア
アメリカ
オーストラリア
ブラジル
ギリシャ
日本
カナダ
スウェーデン
イラン
ポルトガル
ポーランド
チェコ
ベルギー
トルコ
オーストリア
ペルー
スイス
韓国
オランダ
ブルガリア
エチオピア
キューバ
アルゼンチン
クロアチア
ノルウェー
フィンランド
ルーマニア
ハンガリー
チュニジア
南アフリカ
モロッコ
スリランカ
アルジェリア
エジプト
タンザニア
インドネシア
ベトナム
コロンビア
オセアニア
南米
中米
西・中央アジア
東南アジア
中東諸国
アフリカ
旧ユーゴ
バルト三国
旧ソ連地域
中央ヨーロッパ
北欧
知られざる小国