アフリカ世界遺産 - ガンビア

クンタ・キンテ島と関連遺跡群

大航海時代以降、アフリカから多くの人が奴隷として連れて行かれました。 この奴隷貿易の中心となった場所の一つが、現在のガンビアです。
ガンビアは大西洋に面していますが、三方向をセネガルに囲まれている国です。 もともとはポルトガルの植民地となり、その後でイギリスの植民地となりました。

~奴隷貿易の拠点となった島~

ガンビアはガンビア川を挟む様な国ですが、河口から30kmほど上流のところにあるのが世界遺産に指定されているクンタ・キンテ島と関連遺跡群です。

世界遺産の周辺を流れるガンビア川は大航海が出来る船でも300kmほど遡上出来る川であったために、奴隷貿易のために大いに活用されていました。 島から送り出された黒人奴隷は、300年間で約300万人と推定されています。
ガンビアのみならず周辺国からも集められていきました。

クンタ・キンテ島と関連遺跡群の領有の歴史は非常に複雑で、ドイツ、オランダ、イングランドの手に渡ります。

ドイツ人が領有していた時に、島にヤーコプ要塞と名付けた要塞を建造し貿易の拠点としていました。

イングランドが手にした時には、王の名を取りジェームズ要塞と名付け、当初は象牙や黄金の交易に、後には奴隷貿易の拠点として利用しました。17世紀末には英仏間で奪い合いとなり、要塞は破壊と再建を繰り返す様になります。 最終的には1779年にフランス軍によりジェームズ要塞は徹底的に破壊されてしまいます。

1815年には完全に放棄され、誰も住む人のいない場所となってしまいます。
イギリスが1807年に奴隷貿易の廃止を決定したため、以後は違法な貿易を監視する事が必要になってきます。 ガンビアの首都バンジュールが建設されたのも、当初は奴隷貿易を監視するための拠点づくりだったとされています。

現在、世界遺産のクンタ・キンテ島と関連遺跡群には要塞や奴隷貿易の遺構が残っています。 アフリカの地を二度と踏む事の出来なかった人たちが最後に見たアフリカの風景が、この島からの眺めだった訳です。

ガンビアの名が広く知られる様になったのは、アフリカ系アメリカ人の作家アレックス・ヘイリーの小説『ルーツ』と、それに基づいたテレビドラマが報じられた事がきっかけです。

アレックス・ヘイリーの曽曽曽曽祖父であるクンタ・キンテとその子孫を記した小説はピュリツァー賞を受賞するほどの注目を集めました。 クンタ・キンテにちなみ、2011年にジェームズ島はクンタ・キンテ島と改名されています。

アフリカというと北アフリカ諸国や砂漠、南アフリカなどを思い浮かべがちですが、悲しい負の歴史も心にとどめるためにガンビアの世界遺産を訪れてみてはいかがでしょうか。

国でさがす
イタリア
スペイン
中国
フランス
ドイツ
メキシコ
イギリス
インド
ロシア
アメリカ
オーストラリア
ブラジル
ギリシャ
日本
カナダ
スウェーデン
イラン
ポルトガル
ポーランド
チェコ
ベルギー
トルコ
オーストリア
ペルー
スイス
韓国
オランダ
ブルガリア
エチオピア
キューバ
アルゼンチン
クロアチア
ノルウェー
フィンランド
ルーマニア
ハンガリー
チュニジア
南アフリカ
モロッコ
スリランカ
アルジェリア
エジプト
タンザニア
インドネシア
ベトナム
コロンビア
オセアニア
南米
中米
西・中央アジア
東南アジア
中東諸国
アフリカ
旧ユーゴ
バルト三国
旧ソ連地域
中央ヨーロッパ
北欧
知られざる小国