南米世界遺産 - チリ

ハンバーストーンとサンタ・ラウラの硝石工場群

ハンバーストーンとサンタ・ラウラの硝石工場群は、南米チリ北端のタラパカ週の州都である太平洋岸の港町イキケの東45キロメートル、アタカマ砂漠縁辺部に位置する世界遺産です。イキケは、19世紀に内陸部から豊富に産出する硝酸塩の積み出し港として繁栄した街でした。

特に硝酸塩の産出が盛んだった19~20世紀半ばには、チリには硝石工場が300もありました。中でも、ハンバーストーンにはチリの他、ペルー、ボリビアから流れて来た労働者たちが独自の共同体文化を築きました。ここで産出された硝石は、火薬や化学肥料の原料になる重要な鉱物資源で、アメリカからヨーロッパまで世界中に輸出されました。この町は好景気で賑わい、ヨーロッパ風の住宅、学校、教会、劇場等の洒落た建物が建ち並びました。

しかし1929年、フリッツ・ハーバーが考案し、カール・ボッシュが実用化したアンモニア合成により化学肥料生産が可能となったことを機に、硝石の価値は暴落しました。実質的に破産した工場群を1934年にコサタン社が買い取り、工場の名前を「サンティアゴ・ハンバーストーン事業所」と改称しました。コサタンはハンバーストーンの設備を新しいものにし、競争力のある自然硝石の生産を試みました。それは一旦成功し、1940年には最も成功している硝石工場となりました。しかしその繁栄は長続きせず、コサタン社は1958年に姿を消し、鉱山も閉鎖となり、労働者たちは町を去っていき、打ち捨てられたハンバーストーンは、そのままゴーストタウンと化しました。

この労働者たちが築いた独自の共同体文化や、産出した硝石がもチリにたらした利益等の歴史的意義が評価され、ハンバーストーンの工場や住宅、学校、教会、劇場等当時の姿をとどめる街の遺構全体が、近くのサンタ・ラウラの硝石工場とともに、「ハンバーストーンとサンタ・ラウラの硝石工場群」として、世界遺産登録を受けました。また、木造であることに由来する建物の脆弱性や資材の盗難・地震の影響などを理由として、世界遺産登録と同時に危機遺産にも登録されています。

廃墟ではありますが、近くに土産物屋もあって活気があり、廃墟のイメージとしては異質な感じがする世界遺産です。

この世界遺産・ハンバーストーンとサンタ・ラウラの硝石工場群に行く手段は、イキケからのツアーが便利です。チリの首都サンティアゴからイキケに行くには、1日3~4便のフライトがあります。また、長距離バスの利用も可能です。

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