ベトナム世界遺産

フエの建造物群

フエの建造物群は歴史的建造物で世界遺産です。
ベトナム文化の黄金期とみなされる16世紀、チン氏とグエン氏2人の代表が領土を争い、ベトナムは2つに別れたチン氏は北の頭首グエン氏は南に独立国を作りました。 1635年南の都となったフエ1802に再びベトナムが統一されます。
その後の首相の下王宮や寺院、お墓が作られ都らしい落ち着いた地雰囲気を見せる世界遺産のフエの建造物群となりました。

ここはベトナムの都といわれています。
ところがベトナムは中国のくびきから解き放たれることができなかったのです。
常に中国の支配下でいて中国の影響を受けているしかありませんでした。

それを一掃したくてフエの民主化に力を注ぎ自由化運動も盛んになり中国から解き放たれるのを独立国の威厳を取り戻してゆきます。
国の首相が頭がよかったのです。

世界遺産城郭都市のフエがかつて8つの民族が住んだとされる都市に5平方キロメートルの城郭都市「フエの建造物群」が建築されました。
ほぼ4角形をしていて、中心塾か南北に走っております。

京師と呼ばれていたこの城郭都市大きな外壁に囲まれさらにそのうえに外壁が梁巡らされ10箇所にはしがかけられ1818年から1832にかけて増幅され角面保は当時ヨーロッパで流行していたウォーバン式築城を取り入れました。

英姿を残す太和伝フエを訪れた方は王宮の南の正門である午門から王宮内へ入ることができます。
正午になると太陽がフエの建造物群の門の真上に来るように設計されているところから名ずけられたのです。

門の上に両翼を張り出す木造2階建ての望桜と5鳳桜が作られています。
午門には3つの門口があり中央の門口は帝王専用でした。
帝王と女官たち繰り広げられた儀式が今も再現されています。

フエの建造物群の中庭の正面には皇帝たちが集まる別館科あり重要な会議が行われているのです。
大きな床柱が9つ立てられています。

先祖を祭るために王宮内の広大な敷地には、グエン朝初式皇帝のザロン帝母君の民に立てた長正殿母は王子たちのために学校、図書館、寺院など保存状態のよいもの悪いものがわかれるこの時代皇帝は13人いたとされるが皇帝として認証されなかったものもいるようです。

これら破損している世界遺産群をユネスコの援助で修復作業も近いと聞きます。
戦争のための破損が多く古都フエの歴史的外観を損なうことなく15の建物を修復してほしいです。
歴史を残すことはフエの誇りを後世に伝えることです。

フオン川のほとりにあるカイディンやミンマン帝、寺院いくつかの建物がユネスコの保護下にあります。

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