エジプト世界遺産

古代都市テーベとその墓地遺跡

世界遺産とされている古代都市、ケントウイークスが掘り当てました。 封印された扉を開き中を照らすと、Tの字型をした下通路の壁が懐中電灯の明かりの中に浮かび上がったそうです。

側面の壁には玄室扉がいくつも並び通路の突き当りには神オシリス灰色の花薗岩に刻まれています。
あたりいちめんに積もった瓦はこなごなになった彫像や陶器、真珠、木製の器装飾に使われたアラバスターの残骸も混じっていました。

ケントウイークスは古代エジプト史上第2の年数を誇る第19王朝の第3代王ラメス2世が残した50人の王子たちの共同墓所を発掘し、それらはのちに世界遺産となります。

しかし18王朝少年王ツタンカーメンの墓所を発掘したイギリスの考古学者ハワードカーターの場合とは違って見事な宝物を発掘することはできなかったそうです。

約70の墓室はおよそ2000年前にすでに盗掘済みで、したがって破損や残骸などから古代エジプトの生活習慣や宗教、儀式当時の通商関係が詳しくわかったことが、エジプト学に対する成果です。
今まで発見された個人の墓所と違って大きさの異なる部屋や通路、階段などによって構成されています。

さきにも述べたように1995年アメリカの考古学者ケントウイークスは埋もれた王族の墓を探して、何週間も執拗に発掘を続けそしてある日、ついにラメス2世の王子たちの遺体をエジプト王家の谷で発見します。場所はナイル川西岸、テーベ、現在のルクソール町の北東に位置します。
そこは低い山並みに囲まれた場所です。

この世界遺産のエジプト古代都市テーベ、時は新王国時代、それまでのピラミッド形式の王家の墓をやめ、後の王家の谷と呼ばれたこの谷の岩壁に穴を掘った岩窟墓所を作りました。
初期の葬祭殿を兼ねた墓所は山と川に挟まれた狭い谷に立てられていたのです、後にテーベに移され、古代エジプトの首都としてその栄誉を誇っていたに違いありません。

特に第18王朝にエジプト最大の土地として発展、国内および周辺諸国から富が流れ込み空前の栄光を築きました。古代ギリシャの詩人ホメロスは100の塔門を持つ都とたたえました。

11王朝、12王朝エジプト古代都市テーベ、代々その墓地遺跡は、ケント・ウイークスが発掘するまでは、王子の墓はそのまま残っていたかもしれません。
安らかに眠り続けてほしい、エジプトの世界遺産は永遠にやすらかにギリシャの、エジプトの神々に包まれていつまでも、いつまでも、神聖な宮殿を復元してそーとそのまま王朝の時代を讃えてほしい。
貴重な世界遺産のエジプト王朝、素敵に復元してください。

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