アルジェリア世界遺産

ジェミラ

アルジェリアには、ローマ時代の遺跡が3つ、世界遺産に登録されています。そのうちの一つが、前述の「ティパサ」、そして後述する「ティムガット」、そして「ジェミラ」です。ジェミラは山村にあって、ローマ時代に作られ、ローマの没落とともに消えていきました。その美しい遺跡は、1982年にユネスコの世界遺産(文化遺産)として登録されています。

●ジェミラ史
世界遺産「ジェミラ」はアルジェリア北東部、標高1000mを超える高原にある都市セティフから北東に50kmのところにあります。「ジェミラ」はアラビア語で“美しい”を意味します。
街は、1世紀に古代ローマの植民都市として建設されました。山並みの地形に合わせて、ローマ建築が配されていることも特徴的です。
ジェミラは、風光明媚な美しい街となり、2〜3世紀には最盛期を迎えます。ローマの退役兵士が定住し、多くの人々で賑わっていたと考えられています。
しかしローマ帝国が衰退をし始めると、ジェミラも緩やかに下降していきます。一時はビザンチン帝国の支配下となりますが、その後都市は忘れ去れました。後にアラビア人がこの地周辺に入りましたが、遺跡を「ジェミラ」と呼び、ジェミラに定住することなく、美しいまま残されたのです。

●世界遺産「ジェミラ」の見どころ
古代ローマ遺跡「ジェミラ」の素晴らしいところは、その保存状態の良好さにあります。また、山の地形にそって都市計画がなされていることも注目されます。
象徴的には、街の中心にある広場と、その入口に立つ「門」でしょう。威風堂々と立つ姿は、この街のシンボル的存在です。その他にも、神殿や大型の円形劇場、バシリカ(教会堂)のような公共施設が充実し、さらに住居跡や広場に伸びる大通りなども残されています。往時の人々の暮らしがいかに豊かであったかがうかがうことができるでしょう。

●セティフの歴史と観光
「ジェミラ」に最も近い都市が、「セティフ」です。首都のアルジェと第3の都市コンスタンティーヌを結ぶ高速道路の途中にあります。街の起源は紀元前、アフリカの民族「ヌメディア人」が建設しました。ローマ時代には、この地域の中心都市となり、7世紀にはイスラム圏となっています。
1945年、この地が再び世界で注目される事件が起きます。「セティフの大虐殺」です。1838年、フランス軍はセティフに侵攻し、街にはヨーロッパ系の入植者が溢れるようになりました。しかし、セティフ市民は独立を求め、そナチス・ドイツが降伏した翌日に、フランス側が衝突をして、大虐殺されたのです。これがアルジェリア戦争へとつながり、アルジェリアは1962年にフランスから独立をします。
セティフの街には悲しい歴史がありますが、街は並木道や噴水、そして高地のため冬はアフリカでは珍しく雪が降り積もり、フランス時代の雰囲気が漂っています。また、現在は急速な開発が進んでおり、次々と新しい建物が作られています。あまり日本人が観光する所ではありませんが、アルジェリアの歴史を感じたいなら、立ち寄ってみると良いでしょう。

※アルジェリアは治安が不安定な国です。旅行を企画される際には、外務省の海岸安全ホームページで渡航情報(危険情報)をご確認ください。

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