スリランカ世界遺産

ゴール旧市街とその要塞群

なぎ倒された木々、流された線路、流れ着いたがれきの山、ここは東日本大震災の後の東北地方でしょうか。いいえ、違います。スマトラ島沖地震の際、津波被害を受けたスリランカの地です。

スリランカでは、スマトラ島沖津波被害で約3万人もの犠牲者を出しました。周辺国の中でも2番目に犠牲者の多い地域となってしまいました。ゴール地方にもこの甚大な被害を出した津波はやってきました。しかし、ゴール旧市街地は奇跡的に犠牲者を出さずにすんだのです。ゴール旧市街地をぐるりと囲む城壁が町を津波から守りました。城壁は低いところでも6メートル高いところでは、20メートル近くあり、あの巨大な6メートルの津波もぎりぎりのところで防ぐことができました。

城壁外の新市街地では、多くの犠牲者を出したのに、要塞のなかでは一人の犠牲者も出ませんでした。実はこの城壁はスリランカ人にとっては、苦しい支配の歴史の象徴でもあり、決して歓迎できるものではありませんでした。

ゴール地方は、スリランカの南西部にある都市で、長い間植民地として様々な国々の支配下に置かれていました。現在世界遺産として残る城壁や要塞の数々は、17世紀にポルトガルに代わってスリランカを支配したオランダによって造られました。

18世紀末からは、オランダに代わってイギリスの支配下となりますがゴールはイギリスにも同じように植民地支配の象徴として扱われました。スリランカでも数少ない異国情緒漂う西洋風の宿泊施設や聖堂などが残るのもそのためだと言われています。

ヨーロッパの情緒とアジアの伝統がミックスされて独特な雰囲気を醸し出しています。その後20世紀にスリランカが独立した後もこの城壁や要塞群は壊されず保護されてきました。スリランカ人にとっては支配の歴史の象徴であるこれらの遺産群。

どうして彼らは壊さず守ることにしたのでしょうか。

一説には、「オランダ人に命令されて作ったとはいえ、実際に汗を流して造ったのは同じスリランカ人である」という考えからだと言われています。スリランカ人のそんな寛容な心が2004年の津波被害から旧市街の人々を守ったのではないでしょうか。

ゴール地方は1988年、スリランカの文化遺産として世界遺産に登録されました。現在も観光客の間で人気の観光スポットになっています。日本人も多く訪れ、おしゃれな西洋風のカフェがあったり、雑貨屋があったり、落ち着いた雰囲気の聖堂があったりと伝統的なアジアとは違った印象が人気の秘訣ともいえるでしょう。

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