南アフリカ世界遺産

ロベン島

南アフリカ共和国の世界遺産の中でも、最も歴史的意味を残すのが、1999年に登録された『ロベン島』ではないでしょうか。

南アフリカ・西ケープ州ケープタウンの沖合にある小島が『ロベン島』です。この島の周囲は潮の流れが速い為、オランダ植民地以降より、≪流刑地≫や≪難病患者隔離施設≫として使われてきました。

最も有名なのは、「アパルトヘイト(有色人種隔離政策)」に反する者たちの収容所だったことです。アパルトヘイトは、教科書でも必ず出てくる人類の負の歴史のひとつ。白人と有色人種を徹底的に差別した法律で、1948年から1994年までの約46年間続けられてきました。

その差別は、低賃金・重労働から始まり、低教育(義務教育はなし→ほとんど教育はなされなかった)・居住区や生活圏の区別(公共施設であるレストランや列車、バス、トイレなどなど)・異なる人種との結婚などなどあらゆる事が分けられていました。

アパルトヘイト撤廃へ導いたリーダーで、元南アフリカ8代大統領ネルソン・マンデラ氏も約18年間、アパルトヘイト反運動を指揮したとして1964年より収監されていました。

このアパルトヘイトの終わりは、世界中からこの政策の非難を受け続け、世界各国より経済政策まで取られた後の1991年、当時の大統領デクラークにより法律撤廃が提唱。しかし、この差別は法律としてなくなっただけで続けられていました。そして1994年に、やっと行動として全人種による総選挙が行われたことにより、完全撤廃となりました。

『ロベン島』は現在、島全体が博物館となっており、ケープタウンのウォーターフロントより定期便の船が出ています。約30分程で到着する距離です。到着すると、元囚人のガイドさんが案内をしてくれます。

収容所は約5mの石壁で囲まれており、内部には鉄格子で隔てられた収容部屋があります。一部の部屋には、囚人が描いたと思われるキリストの絵が残されており、助けを求める様が目に浮かびます。

そんな負の遺跡・ロベン島の収容所には、なんとサッカー場が併設されているのです。これは1967年頃、交渉の末に作られたもので、囚人たちがサッカーをするのを許された場所です。当時は毎週サッカーのリーグ戦が行われており、サッカーをしている間だけは、囚人という苦痛から逃れられたといいます。

2010年にW杯が開催された南アフリカ。開催式にも反アパルトヘイトを訴えたネルソン・マンデラ氏が出席。この地でサッカーの世界大会が開かれるという事は、とても意味深い事でもあったのです。

世界遺産『ロベン島』は、過去の人類が犯した過ちを二度と繰り返さない為に残された、とても重要な≪負の遺産≫なのです。

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