チュニジア世界遺産

カルタゴ遺跡

チュニジアの首都・チュニス郊外にあるチュニス湖。このチュニス湖の東岸に、かつて紀元前に造られ、長い歴史の中で重要拠点として栄え、後に戦争に巻き込まれ衰退した遺跡が残っています。それが1979年に世界遺産に登録された『カルタゴ遺跡』です。

この『カルタゴ遺跡』は、今は建造物の形はほとんど成しておらず、遺跡のみが残っています。それでも多くの観光客が訪れるチュニジアの観光スポットのひとつとして歴史価値を残しています。

『カルタゴ遺跡』の始まりははっきりとは未だわかっていませんが、およそ紀元前9世紀頃と言われています。それは、1987年にチュニジア政府が≪カルタゴ建国2800年祭≫を開催していることから、一般的には紀元前814年が建国年とされているようです。

建国したのはフェニキア人という海洋民族。アルファベットの原型を考えたとされる民族で有名です。彼らがカルタゴを建国し、メルカルという守護神を崇めていた…というこの2つだけが確実なものとされています。

その後、紀元前6世紀頃には交易で栄え、領土も北アフリカ沿岸沿いからスペインのイベリア半島の半分までに拡大し、西地中海の中心的都市となっていきました。特にイベリア半島では、金・銀・銅が豊富に発掘され膨大な富を得ることとなったのです。その為、当然のことながらローマやギリシャなどと地中海の覇権争いに巻き込まれていきます。

そして、とうとう紀元前146年、ポエン戦争によりローマに一度焼き滅ぼされました。その上、塩を町中に巻かれ草木が生えないようにされてしまったのです。

ローマ帝国領となった後も争いを繰り返し、遂に7世紀後半にカルタゴ遺跡は没落。670年から683年にかけて、当時東ローマ帝国であったカルタゴは、アラブ人の再三にわたる侵攻・攻撃を受けたのでした。

現在残る『カルタゴ遺跡』は、一度ポエン戦争で滅ぼされた跡地にローマ帝国が再現したものです。

『カルタゴ遺跡』の観光ポイントとして、一つ目は「アントニヌスの公共浴場」。この浴場は古代ローマの公共浴場の中で三番目に大きい規模のものです。また「円形劇場(ローマ劇場)」では今でも夏になるとオペラが開催されるので楽しめるスポットです。その他にも、巨大貯水池なども残されています。

世界遺産『カルタゴ遺跡』には、長い歴史の争いを見る事が出来るとともに、目の前にはキレイな地中海が広がる不思議な空間でもあります。チュニジアに訪れる際には、是非一度が足を運びたい場所です。

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