ブルガリア世界遺産

カザンラクのトラキア人墳墓

日本人の多くは、ブルガリアのイメージと言えば自然豊かな東欧の国、そしてヨーグルトでしょうか? 女性なら香水に使われるバラの有名産地といったところかもしれません。しかし、この地には古代文明があり、現在のイメージとは一線を画した遺跡が世界遺産として登録されているのです。

その古い時代の遺跡で最も有名なのが、「カザンラクのトラキア人墳墓」でしょう。紀元前のトラキア王国時代(BC4世紀末〜BC3世紀初め)の貴族の墓で、当時の首都の近い、現在のブルガリア中部の街カザンラク近郊にあります。内部にある壁画は保存状態も良く、美術的な評価が高いことでも有名です。1979年にはユネスコの世界遺産(文化遺産)として登録されました。

●バルカン半島のトラキア
かつてバルカン半島の東部はトラキアと呼ばれ、先住民族のトラキア人がいました。現在ではブルガリア・ギリシャ・トルコの領内となって分割されている地域です。紀元前3千年頃の墳墓も発見されています。

しかし、紀元前5世紀以前は記録がなく、謎に包まれています。紀元前5世紀頃には既にトラキア人は有力な民族でしたが、アレクサンダー大王によって征服され、ギリシア化していくのです。

このブルガリアの古代トラキア時代の遺構の中で最も有名なのが、紀元前4世紀頃の「カザンラクのトラキア人墳墓」なのです。その時代は、トラキアが独立王朝だった時代のもので、文化的にはヘレニズム時代(オリエントと融合したギリシア文化)のものです。この後、トラキアは一時的に独立があるものの、ローマ帝国、東ローマ帝国、オスマン・トルコ帝国と、さまざまな支配下に入ります。

●世界遺産「カザンラクのトラキア人墳墓」の見どころ
カザンラクでは墳墓がたくさん発見されていますが、多くは既に盗掘され、破壊されたりしていました。その中で、世界遺産となった「カザンラクのトラキア人墳墓」は、保存状態が素晴らしく、美しい壁画が残っていることで有名です。

通路の壁画には、いきいきと描かれる騎馬が印象的な軍隊が、玄室の壁画の中央部には、手首を握り合う夫婦とそれに仕える人々が色鮮やかに描かれています。

一説には、この墳墓は王族とも考えられており、周辺の墳墓と合わせて、この地域を「トラキア王家の谷」とも呼ばれています。  

現在公開されている墳墓は、実物のとなりに作られたレプリカです。紀元前4世紀頃と建築方法や壁画など、実物大で忠実に再現されています。

●カザンラクとバラ谷の地理と観光
カザンラクは、ブルガリアの中央、バルカン山脈の南麓にある古い街です。首都ソフィアからバスで約3時間超、電車で4時間程度、ソフィアからの1日観光ツアーなどを利用して訪れる方も多いようです。世界遺産の「カザンラクのトラキア人墳墓」は、さらに10キロほど離れた郊外、トラキア時代の首都セウトポリスの近くにあります。ちなみに、残念ながら首都の遺跡はコプリンカダムに水没してしまっています。

実は、セウトポリスには再建プロジェクトがあります。
しかし、予算の問題もあり、まだ実現はされていないようです。しかし成功すれば、世界遺産の候補になるような、壮大なプロジェクトです。

またカザンラクは、別名「バラの谷」とも呼ばれています。バルカン山脈とスレドナ・ゴラ山脈の間に挟まれた谷間は、ローズオイルの産地としても有名なのです。特に6月の「バラ祭」には、世界中から多くの観光客が集まり、谷は賑わいを見せます。バラの季節の5~6月は、観光には最適の季節ではないでしょうか。

「カザンラクのトラキア人墳墓」の開館時間は5~11月です。冬の間は団体限定の予約制となっています。

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