ブルガリア世界遺産

マダラの騎士像

ブルガリア東部のマダラ高原は、新石器時代より人が居住していました。「マダラ」の名称の由来には諸説がありますが、古代ブルガリア語で“神聖な岩石、神聖な場所”を意味するという説もあります。

この地には、先史時代やトラキア時代、ローマ、ビザンチン、スラブ、ブルガリア、トルコなど、古代から現代まで、さまざまな宗教的遺物が見られるのです。

その中で、ブルガリアのグローバルシンボルに選ばれているのが、「マダラの騎士像」です。中世初期頃に作られたと考えられていますが、足場のない断崖に掘られた巨大なレリーフは、今も多くの謎があります。しかし、それはブルガリア美術の傑作であり、1979年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されました。

■マダラ高原に見るブルガリア宗教文化
現在、マダラ高原で発見されている最も古い時代の遺物は、トラキア人の墳丘墓です。埋葬品には、ギリシアや黒海沿岸地域との交易の痕跡を見せています。また、この地のトラキア人の住居は洞窟でした。

紀元2~4世紀には、ローマ式邸宅ヴィラ・ルスティカ、9世紀頃には要塞が建設されました。そして、中世初期に「マダラの騎士像」が作られたと考えられますが、時期や制作者ははっきりしたことは不明です。

14世紀になると、ブルガリアでは最大規模となる岩窟修道院が建設されました。現在では「聖パンテレイモン」と呼ばれる岩窟礼拝堂です。その後14世紀末にはオスマン・トルコの支配下となり、マダラの多くの建造物が破壊されました。その中で、現在も威風を保つ「マダラの騎士像」は、ブルガリアのシンボルに相応しい、重要な美術作品です。

■世界遺産「マダラの騎士像」の見どころ
「マダラの騎士像」は、高さ約100mの断崖の、地上から23mのところに掘られているレリーフです。レリーフのサイズは高さ25m・幅3m、足場のないところに作られています。どのように作成されたか、また作者が誰であるかも、未だ不明です。

ブルガリアでは、騎馬戦や戦勝を描いた騎士像が数多く残されています。このマダラの騎乗の騎士も、手にしている槍で足下のライオンを突き刺している姿で描かれています。

後ろには猟犬を従えた威風堂々とした姿に、8世紀初頭のテルヴェル王の姿であると考えていますが、レリーフのそばに、テルヴェル王の他、その後2代の王の碑文が刻まれていることから、建設年代やモチーフに関して諸説があります。

■マダラ国立歴史・考古学保護区とシュメン市の地理と観光
世界遺産「マダラの騎士像」があるマダラ高原は、ブルガリア東部のシュメン市から北東へ17キロ、マダラ村からは2キロの位置、マダラ国立歴史・考古学保護区となっています。

保護区内は、散歩道になっており、案内板や標識が各所に設置されています。さらに、サービスセンターや土産店など、観光客が楽しく散策できるようになっています。

また、近くのシュメン市内から3キロのシュメン高原には、ブルガリア最古の一つと考えられる要塞跡があります。初期の要塞は約3000年前、その後破壊と再建を繰り返し、1444年に十字軍によって破壊されるまで、重要な役割を果たしてきました。この遺跡は、ブルガリアの重要な観光名所の一つとなっています。また、市内にはシュメン地方歴史博物館もあり、合わせてお勧めです。

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