トルコ世界遺産
ハットゥシャ
トロイの古代遺跡がエーゲ海にあって、ヨーロッパの歴史の流れの中にあったのに対し、内陸部であるアナトリア高原では古代、ヒッタイト王国がありました。その遺跡が、トルコの首都アンカラから東のボアズカレ近郊にあります。王国の首都ハットゥシャの遺跡です。1906年に発見され、1986年にはユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されました。

●謎めくヒッタイト
ヒッタイト王国は、アナトリア高原に紀元前18世紀頃興り、紀元前1180年頃に亡んだと考えられています。最盛期であった紀元前14世紀頃には、版図を大きく広げてエジプトと国境を接した時期もありました。
古代史の中で、ヒッタイトの名が広く知られるのは、紀元前1274年の〈カデシュの戦い〉によるものでしょう。古代エジプトのラムセス2世(大王)と、シリアにおいて対決したヒッタイト王国は、史上初の成文化された平和条約を取り交わしています。
しかし、この王国は依然として謎が多く、どこから来て、どのように滅亡したのか、諸説があります。先の平和条約がエジプトで発見されていましたが、アナトリアでの確認がとれず、20世紀のハットゥシャの発見までは幻の民と言われたほどです。
1906年にドイツのヴィンクラーがエジプトにあった平和条約の対となる粘土板が発見し、その存在と王都が確認されました。現在では、ヒッタイト語の解読も進み、徐々にいろいろなことが分かってきています。
●世界遺産「ハットゥシャ」の見どころ
「ハットウシャ」は、首都アンカラから145kmのボアズカレ国立公園内にあります。標高1000mのアナトリア高原に城壁を巡らした都市でした。現在でも、王の門、ライオンの門、イェル・カプ(大地門;地下道)などが残っており、城壁の一部も復元されています。
ハットウシャは「神殿の街」とも呼ばれる宗教都市であり、70以上の神殿の中に、大神殿の遺構もあります。また、ハットウシャのアクロポリスには王宮や公文書館などもあり、1万枚近くの粘土板文書が発見されています。前述の平和条約もここで発見されました。
「ハットゥシャ」で最も高い位置にあるのが、〈王の門〉です。ここから都市の遺跡が一望できます。
●アンカラと古代ヒッタイト観光
「ハットウシャ」へは、首都アンカラからの日帰りバスツアーに参加するのが一般的でしょう。ハットウシャのあるボアズカレまでバスで3〜4時間かかります。
ですが、ハットウシャに向かう前に、アンカラ市内にある「アナトリア文明博物館」に寄るのをお勧めしましょう。ヒッタイト王国の収蔵品で有名な博物館です。ハットウシャの遺跡から移築して保存しているものもありますし、まずはここを見学して、歴史に触れると、遺跡見学が一層楽しくなると思います。
「ハットゥシャ」の見学が終わったら、そのそばにある「ヤズルカヤ遺跡」も合わせて見学するのもお勧めです。紀元前13世紀に、岩場を利用して作られたパンテオン(神殿)には、ヒッタイトの神々のレリーフが良い状態で残っています。
さらに足を伸ばすなら、ボアズカレの北にある「アラジャ・ホユック」もあります。紀元前4000年頃の青銅器時代からヒッタイト時代の遺構です。ハットウシャに比べると小さな遺跡ですが、スフィンクスの門や神殿跡、地下通路があり、レリーフも残されています。この遺跡から発掘されたヒッタイトの金や青銅の出土品は、前述の博物館に収蔵されています。