チェコ世界遺産

クトナー・ホラの聖バルボラ教会のある歴史地区とセドレツの聖母マリア大聖堂

クトナー・ホラの聖バルボラ教会のある歴史地区とセドレツの聖母マリア大聖堂は、チェコのプラハから東に60kmほど離れた場所にある世界遺産です。クトナー・ホラは、中世においてヨーロッパで一、二を争ったほど裕福な町でした。銀の採掘で絶頂を極め、同国のプラハも影がかすんだほどです。その往時の栄華を今に残す建築群と町並みが、世界遺産に登録されています。

【時代】
13世紀に銀の鉱脈が見つかってから、クトナー・ホラの栄華が始まりました。その絶頂は14世紀、15世紀の初頭に訪れます。チェコの政治的、経済的、文化的中心地として、一時、ヨーロッパで最も豊かな町とも賞賛されました。チェコの王族も土地を王領地の1つと定め、絶大な名誉と特権を町に与えます。その間、同町には様々な建築が建てられました。その時代の名残が、クトナー・ホラの聖バルボラ教会のある歴史地区とセドレツの聖母マリア大聖堂として世界遺産に1995年、認定されました。

【場所】
クトナー・ホラの聖バルボラ教会のある歴史地区とセドレツの聖母マリア大聖堂は、プラハから東へ60km離れた位置にあります。クトナー・ホラからセドレツまでは、北東へさらに1.5kmほど離れています。海抜254mの切り立った場所に築かれたその町は、16世紀の衰退までの間、チェコの西部ボヘミアのみならず、ヨーロッパを代表する町として有名でした。

【主な人物】
クトナー・ホラの聖バルボラ教会のある歴史地区とセドレツの聖母マリア大聖堂は、才能ある建築家たちの手によって、豊富な資金源をもとに作られていきました。グランドデザインを行なった人間はジョン・パーカーです。その後、ベネディクト・レジェト、ペトル・パルレーシュなど、ヨーロッパ全土から才能が集まり、町の主要な建築物を作り続けました。

【主な建築物】
最も有名な建築物は、鉱山労働者の守護神として崇められていた聖バルボラ教会です。14世紀、町が絶頂の頃に、後期ゴシック様式の最高傑作と後に呼ばれるほどの完成度で建てられました。クトナー・ホラには教会以外にも、市民ホール、ゴシック風の噴水、石の館などが次々と作られ、当時では人間が作った建物の中で最大規模の建築物ばかりがそろいました。近郊のセドレツには、聖母マリア大聖堂が建てられ、町が衰退を見せ始めた1660年代には、イエズス会が土地に入ってきて神学校を作りました。

【世界遺産に認定されたポイント】
クトナー・ホラの聖バルボラ教会のある歴史地区とセドレツの聖母マリア大聖堂が世界遺産に認定された理由は、13世紀から16世紀にわたる芸術の移り変わりが、完璧な形で現存しているからです。採掘される銀を銀貨にする造幣局すらあった同地です。豊富な資金で次々と流行の建築設計を進めるので、芸術の移り変わりも色濃く残りました。しかし、銀を掘りつくしてしまうと、町は衰退しまいます。その激動の歴史を全て残している例証が、クトナー・ホラの聖バルボラ教会のある歴史地区とセドレツの聖母マリア大聖堂と言えます。

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