ポルトガル世界遺産

アルコバッサ修道院

アルコバッサ修道院は1869年に世界文化遺産に登録されました。正式名称はサンタ・マリア・デ・アルコバッサと言います。リスボンから北へ100㎞ほど離れた小さな町アルコバッサの街角にあるシトー派の修道院です。ポルトガルで最大の初期ゴシック様式の建造物です。

ポルトガル初代国王アフォンソ・エンリケス1世が、独立後に荒廃しきっていたポルトガルへシトー派(カトリック教会に属し、ベネディクト会から派生)修道会を招き入れました。シトー会は農耕や開拓に秀でており、その技術によってポルトガルは新しい国として歩き始めることが出来ました。このことに感謝の意を表し、1178年にアルコバッサ修道院の建築が始まりました。

シトー会は質素・簡潔を主旨としていたため、修道院の造りは過剰な装飾もなく簡素なものとなっています。一番多い時には1,000人の修道士が生活していたと言われ、修道士たちの生活場である食堂・寝室・厨房などが残っており、その当時の様子伺うことができます。

現在の修道院を見ると、バロック様式のファサードですが、これは18世紀に改築されたもので、元はゴシック様式でした。内部には王の間があり、アズレージョにはアルコバッサ修道院の歴史が描かれています。簡素な造りの修道院の中ではほとんど見られない、色彩のある部屋です。聖堂の内部は多くの建造物に見られる派手な装飾・絵画・彫刻などはなくとても簡素ですが、その簡素さが厳かな強い精神世界を感じさせてくれます。

アルコバッサ修道院にはイネスとペドロ王子の棺が安置されています。イネスとペドロ王子の物語はポルトガル文学として親しまれている悲恋の物語です。ペドロ王子の妃として迎えられたカスティーリャ王国のコンスタンサの女官であったイネスとペドロ王子は恋に落ちてしまったが、父王アフォンソ4世はイネスを亡き者とすることを決めました。

イネスは暗殺され、王子は深い悲しみにくれます。父王の死後、王座についたペドロ1世は、既に埋葬されていたイネスを墓から掘り起し、玉座に座らせ正式な王妃であることを家臣に認めさせ、イネスを暗殺した3人は処刑したといいます。

ペドロ1世とイネスの棺は修道院袖廊の両端に、ペドロ1世の遺言でお互いの足が向き合うように収められています。再生を果たし起き上がった時に、お互いがすぐに見つめあうことが出来るようにということだそうです。イネスの棺の下部は5頭の醜い動物に支えられ、その上にはキリストの誕生から再生を描いたレリーフが施されています。5頭の醜い動物は3人の暗殺者の顔に似せているといわれています。

また、ペドロ1世の棺には聖バーソロミューの生涯が描かれたレリーフが施されています。二人の悲しい恋の物語に思いをはせながらアルコバッサ修道院を歩いて見ると、ふとタイムスリップ出来るかもしれませんね。

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