ブラジル世界遺産

オリンダ歴史地区

南米ブラジルのペルナンブーコ州北東部の大都市レシフェの対岸に古き良き時代を感じさせるオリンダ歴史地区があります。16世紀の初めにポルトガル人がブラジルでの初めての植民地をこの地に建設しました。

一説には、オリンダに初めて到達したのは、フランス人であると言われていますが、最初に植民地建設に着工したのは、皮肉なことにフランスの最大のライバルであったといわれるポルトガル人でした。

オーリンダとは、ポルトガル語の"Ó,linda!"で、日本語では「なんと、美しい」という意味だそうです。植民地建設を始めたポルトガル人が、オリンダの丘からの眺めを見て、"Ó, linda!と叫んだことが由来だと言われています。オリンダは植民地時代に最盛期を迎えました。産業の中心となったのは、黒人奴隷を使って栄えたさとうきび産業でした。

しかし栄光の日々は長くは続きませんでした。17世紀になると対岸のレシフェを建設したオランダがオリンダ地区を奪い、ポルトガルの植民地時代の16世紀の建物群はほとんど破壊されてしまいました。その後30年近くオランダの支配が続きましたが、1654年ころポルトガルがオリンダを再び奪還、町の再建に取り組みました。ポルトガルとオランダ二つの大国によって長い間支配されていた歴史を持つ町なので、オリンダには二つの国の独特な建築物が数多く残ります。中でも教会や修道院はその時代独特の雰囲気をもつ建物として重要ですが、ポルトガルとオランダどちらの国の教会かは、その外観を見ればすぐにわかります。塔が2本ある教会は当時資産が豊富だったオランダによって建てられ、塔が1本しかない教会はポルトガルが節約して建てたものだと言われています。

オリンダの最大の見どころの一つが、サンフランシスコ修道院です。ここは、ブラジルで最初に建てられた修道院の一つで、ポルトガルがオランダからオリンダを奪取した際に再建に最も力を入れた建物です。中庭の廊下の壁は、アズレージョという美しい青と白のポルトガルの装飾タイルでできています。 カルモ旧修道院付属聖堂はポルトガルの最初の支配の時の建物で、オランダの支配下において破壊されなかった貴重な建物の一つとされています。他にも多くの教会が残されていますが、ポルトガル、オランダ両様式のミゼルコルジア教会やブラジル・バロック様式のサン・ベント修道院などが有名です。

ここオリンダは、リオデジャネイロ、サルバドールと並んでブラジル3大カーニバルと呼ばれるお祭りを開催することでも広く知られています。町中が色とりどりに飾られ、独特で華やかな衣装を着た人々が、踊りながらパレードします。現代を象徴するような自由で華やかな行列と歴史ある世界遺産オリンダ歴史地区の雰囲気のユニークな共演を味わうのもいいのではないでしょうか。

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