フランス世界遺産

ミディ運河

ミディ運河は、ピレネー地方の大都市・トゥールーズから地中海に面するトー湖を結ぶ、全長240kmの運河です。この運河は、中世後期にフランスのワイン産業の発展に大きく貢献し、1996年に、世界遺産に登録されました。

鉄道が発達する以前は、水路が主な貨物の輸送手段でした。ですから、立派な水路や河川を持つことは、国益を左右するとても重要なことだったのです。ミディ運河は17世紀から19世紀にかけて、フランスの財政を潤す重要な役割を担い、後に世界遺産に認定されるという形で大きく評価されました。

ミディ運河建設を発案したのは、ランドック州ベジエ出身の徴税使、ピエール=ポール・リケです。フランスでは当時、ワインなどを効率的に運ぶ水路施設がなく、スペインのジブラルタル海峡を通る遠回りの航路を取っていました。しかし、スペインとは常に対立関係にあり、またジブラルタル海峡での通行税がスペインに没収されることもあり、大西洋から地中海を結ぶ、もっと効率の良い航路を造り出す必要があったのです。そこで、リケの発案を国王ルイ14世が承認し、壮大な運河建設工事がスタートしました。

運河建設には、当時最先端の土木技術が至るところで駆使されました。約240kmを結ぶ水路には高低差があり、この高低差を克服し、まんべんなく水を行き渡らせるために、最も高度の高い地点にサン・フェオーレ貯水池を築きました。また、幾つかの人造湖や運河橋を造り、トンネルを掘り、「ロック」と呼ばれる閘門(こうもん:高低差のある水路間で船を上下させる装置)や103箇所の水門を設けることで、船の往来に不便のない水路を築き上げたのです。リケは、ミディ運河完成直前の1680年に亡くなりましたが、その後息子が事業を引き継ぎ、翌年1681年に、ようやく完成しました。その後数回の改修工事を経て、最終的な完成にこぎつけたのは、1694年のことです。

フランス南部に新たに設けられた「ミディ運河」は、完成直後から水路として活躍し、そのお陰でフランスの産業全体が飛躍的な発展を遂げました。ミディ運河開通により、ジブラルタル海峡を経由していた時よりも交易航路は約3,000km短縮され、ジブラルタルの通行税は削減され、ワイン産業は、ミディ運河によって最も潤いました。ミディ運河のある地点、ボルドーやサンテミリオン、そしてリケの故郷でもあるベジエのワイン産業はこの時代に発展して、後に世界的に有名になったのです。ミディ運河は19世紀の鉄道開通に伴い、航路としての役目を終了しましたが、現在ではクルージングなどを楽しむことができる観光スポットとして人々を呼び寄せています。

リケは、ミディ運河が持つ景観の美しさも考慮して、運河の両岸に45,000本の木を植えました。そのことが、現在のクルージングを楽しむ観光客を益々惹きつける結果をもたらしています。また、建設工事で駆使した技術「閘門」の中で、特にフォンセランヌの7段ロックはミディ運河最大のハイライトになり、観光客をより一層楽しませています。

ミディ運河は、ボルドーのほか、歴史都市として名高いカルカッソンヌやキリスト教徒の巡礼路にあるトゥールーズも通っているので、南仏の各都市から訪れることができる、非常にメジャーな観光スポットです。

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