フランス世界遺産

オーギュスト・ペレによって再建された都市ル・アーヴル

大西洋沿いにあるフランスの港町「ル・アーヴル」は、第二次世界大戦中に、ヨーロッパで最大級の被害を受けた場所です。1944年の空爆で町は破壊され、80,000人以上の犠牲者を生み、町の殆どが失われました。そして戦争が終わるとすぐに、ル・アーヴルの地では、建築家オーギュスト・ペレ(1874年~1954年)による都市再建計画が始まり、20年かけてル・アーヴルはコンクリート造りの新しい建築群を持つ近代都市に生まれ変わりました。

この、ペレによって再建されたル・アーヴルの中心街は、「オーギュスト・ペレによって再建された都市ル・アーヴル」という名称で、2005年に世界遺産に登録されました。20世紀の街並みが世界遺産に登録されるのは、極めて異例のことで、実際に、世界遺産審議の場では、オーギュスト・ペレが用いた建築用法や功績について、激しい議論が展開されました。しかし最終的には、大規模な都市再建計画を成功させたことは大きく評価され、近代ヨーロッパの優れた建築計画の代表例として、世界遺産に認められたのです。その街並みは、近現代ならではの整然とした美しさを持ち、フランスでは異色の存在を放っています。

ベルギー出身のオーギュスト・ペレが、フランスの都市再建省からル・アーヴルを任されたのは、1945年春のことです。ペレはまず、破壊された土地を全て更地にし、ゼロから都市設計に着手しました。使われた建築資材は、コンクリートです。1940年代のヨーロッパでは、まだ鉄筋コンクリートは殆ど使われていませんでした。しかし、ペレは学校で建築を学んでいる時には既にコンクリートに注目しており、1903年には鉄筋コンクリートのアパルトマンを設計建築した実績があり、コンクリート造りの建物では熟練の域に達していたのです。ペレは鉄筋コンクリートで全てを建築すると共に、その街並みの統一性を図り、風通しのいい碁盤目状の街路を張り巡らし、居住地ファサードの様式や素材を全て均質化しました。このコンクリートを使った幾何学的な都市計画により、ル・アーヴルは見事に蘇ったのです。

ペレの発案に基づく都市計画は前例にないもので、全てにおいて「革新的」でした。戦後古い街並みを復旧した地域が多い中、ペレは敢えて、全てを新しいものに造り変えたのです。しかも、その街並みは、辛うじて損壊を免れた建築群をうまく融合させたものでした。この「統一性」を重んじたル・アーヴルの風景は、ヨーロッパの新たな美的価値観を体系づけたといっても過言ではないでしょう。「コンクリートの父」という異名を持つオーギュスト・ペレがル・アーヴルにもたらした新しい街並みは、フランスを初めとするヨーロッパ各国の建築史に大きな影響を与えることになりました。この功績は、賞賛に値するものです。

現在のル・アーヴルは、湾岸都市としての繁栄期を取り戻し、活気に満ち溢れています。ル・アーヴルのサン・ジョセフ教会は、フランスで主流にある石造りの中世ゴシック建築とは異なり、「ネオ・ゴシック建築」という近代版ゴシック様式で建てられました。また、市庁舎や学校などの公共施設、カジノやファッションビルも、鉄筋コンクリートで造られ、市内で見事に調和しています。

ヨーロッパの中世建築は至るところで保存されていますが、ル・アーヴルは、フランスの首都パリをも凌駕する見事な現代都市です。特に建築ファンの人たちに、「オーギュスト・ペレによって再建された都市ル・アーヴル」観光は本当にお勧めの場所です。

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