フランス世界遺産

ヴォーバンの防衛施設群

中世から近世に入るまで、フランスを含めたヨーロッパ各地は、戦乱で明け暮れていました。その間に大砲など更に破壊力を増した武器が登場し、中世初期に城や領土を守るために築かれた要塞では、もはや不十分になりました。従来の要塞は、見た目がシンプルな壁。垂直の高さがある壁で城や重要都市の市街地を守ってきました。それがもはや古いスタイルで、簡単に破壊されてしまうものだとわかると、ヨーロッパでは新しい要塞建築様式が求められるようになりました。

この時代に、「要塞建築の天才」として登場したのが、フランスの軍事技術者である、セバスティアン・ル・プレストル・ド・ヴォーバン(1633年~1707年)です。ヴォーバンは、高等教育で、後の要塞建築に必要となる知識、数学や幾何学などを習得しました。その後軍隊に入り、多くの戦乱の中での活躍が軍上層部の目に留まり、やがて、軍において最も必要な要塞建築を任されるようになったのです。

こうして、彼の要塞建築家としての人生が始まりました。生涯を通じて、彼は150もの要塞の建築及び修理に携わりました。そしてその中で、独自の理論を存分に発揮した要塞が、後の現代フランス国家でも高く評価されました。ヴォーバンの築いてきた要塞や建造物のうちの12箇所が、「ヴォーバンの防衛施設群」という名称で、2008年には世界遺産に登録されることになりました。

因みに、2008年時点で世界遺産として認定されていないヴォーバンの建築物はまだまだ沢山あり、将来、世界遺産に追加登録されるかもしれません。現在認定されている12物件は、フランス各地に点在していて、ヴォーバンが中世から近世にかけて、フランス領土内のありとあらゆる場所で要塞建築を行ってきたことがわかります。「ヴォーバンの防衛施設群」には、フランスがいかにして戦乱の中で自衛に成功してきたかを解き明かす鍵が、沢山隠されています。

「ヴォーバンの防衛施設群」を見てみると、そこに非常に特徴的な点が幾つかあることに気づきます。「ヴォーバンの防衛施設群」の主要なものを航空写真で見てみると、その要塞の形が極めて秩序立っており、星型や三角形などの先端を持っていることがわかります。

三角形の先端を持つ要塞を「稜堡(りょうほ)要塞」といい、これがヴォーバン建築の一つの特徴を形成しています。元々この建築方法はイタリアで始まったものですが、最終的にはヴォーバンが体系づけた、と言われています。ヴォーバンは、敵からの攻撃に対して要塞の耐久性を高めるために、低く厚い稜堡を築き、多角的に要塞を建築することで、防衛する側からの死角をなくすことに成功しました。これらの工夫が実際の戦争で功を奏すと、今度はフランスのみならず、ヴォーバン建築は、世界の要塞建築に大きく影響を与えていくことになりました。

「ヴォーバンの防衛施設群」を訪ね歩くと、中世・近世のフランスの戦争史を体感できます。「ヴォーバンの世界」に浸る旅、それは戦争の痕を辿りながら、ヴォーバンの人生の軌跡も同時に垣間見ることができる、浪漫チックな旅に違いないでしょう。一風変わった「防衛施設めぐり」というフランス国内の旅もまたいいのではないでしょうか。

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