フランス世界遺産

フォントネーのシトー会修道院

ワインで有名なフランス・ブルゴーニュ地方は、「シトー会」発祥の地です。「シトー会」とはカトリックの一派で、ブルゴーニュ出身の修道士、ロベール・ド・モレームにより設立されました。そのシトー会派の建築物の中でも最も有名なのが、同じくブルゴーニュにある「フォントネーのシトー会修道院」です。「フォントネーのシトー会修道院」は、1981年に、世界遺産に登録されました。典型的なロマネスク建築の美しさを持ち、900年もの長い歴史を持つフォントネーの修道院は、私たちに静寂に包まれた心地よい時間を与えてくれます。

12世紀初め、カトリック教会は多額の寄付金や豪華な装飾品に溢れていました。しかし、中にはそういう風潮を嫌う修道士たちがいて、そのうちの一人、ロベールが、従来のカトリック様式に反発した、簡素で禁欲的な空間を造り出したのです。こうして建立されたのが、フランスの都市・シトーの修道院です。このことから、ロベールの会派を「シトー会派」と呼ぶようになりました。「フォントネーのシトー会修道院」は、同じく修道士、ベルナールによって、1118年に建立されたものです。「労働」「祈祷」そして「学習」のみに専念し、それ以外を一切排除したシトー会は、フォントネーの修道院も、自分たちの手で石を切り出して造りました。

しかし、フランスでは、中世から近代にかけて戦乱が相次ぎ、フォントネーのシトー会修道院も、その戦乱に巻き込まれることになりました。1153年にはベルナールが死去し、修道院全体が衰退期に入りましたが、1337年に百日戦争、更に1789年にはフランス革命が起き、フォントネーのシトー会修道院は急速に荒廃していったのです。フランス革命時には既に修道院として機能していなく、製紙工場として場所が使われていたため、幸運にも建物の損壊は免れましたが、1791年には、革命政府が「修道院解散令」を公布し、フォントネーの修道院も解散することになったのです。その後、修道院は、競売にかけられ、個人資産になりました。

本格的な再建が行われたのは、20世紀に入ってからのことです。そして、荒廃した建物は見事に12世紀のロマネスク様式そのままに再現され、再び祈祷の場として機能することになったのです。

現在も「フォントネーのシトー会修道院」は、とある有識者の個人資産になっています。個人資産がこのように世界遺産に登録される例は非常に稀なのですが、12世紀以降完全な損壊を免れ、そして復活を遂げたこの修道院は、歴史的な価値のあるものとして、高い評価を受けたのでしょう。現在では、一般公開されています。

「フォントネーのシトー会修道院」は、私たちに、全く新しいキリスト教建築の姿を見せてくれます。フランスのカトリック建築では、パリのノートルダム寺院や、フォントネーと同じくブルゴーニュにあるヴェズレーの教会などが有名ですが、どこも鮮やかなステンドグラスや美しい彫刻群が特徴的です。一方、「フォントネーのシトー会修道院」には、壁画や彫刻といった装飾品が全くありません。豪華な聖堂と比べると、物足りなさを感じる人も多いと思いますが、その簡素な造りこそが、ロマネスク様式のひとつの典型を造り出しており、私たちはフォントネーのシトー会修道院で、「簡素で高潔な美しさ」を見ることができます。

フランスの数あるカトリック建築の中でも、「フォントネーのシトー会修道院」の持つ個性は際立っています。そして、森の静寂や修道院の厳格な空気が、間違いなく私たちの心を神聖で安らかなものにしてくれるでしょう。

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