中国世界遺産

雲崗石窟

「雲崗石窟」は、山西省台同市の武周山麓にある石窟群で、2001年に世界遺産として登録されました。それ以前の1961年には、中国の重点文化財にも指定されていて、雲崗石窟は古くから大切にされてきた所です。また、中国では「三大石窟」(他:敦煌の「莫高窟」、洛陽の「龍門石窟」)の一つにも挙げられています。

「雲崗石窟」の歴史は、4世紀に始まりました。北魏(386~534年)の第四代文成帝は、仏教を国教とし、中国全土に広めようという意思を固めました。そして、当時の僧官・曇曜が、台同市にある武周山を上奏し、石窟を開きました。これが、現在の第16~20窟で、460年に完成しました。それ以降、第1~15窟など、次々に石窟を造営していき、5世紀終わりまでに、50もの石窟を次々に築きました。この時期は、別名「雲崗期」とも呼ばれ、優れた宗教芸術が多く生まれた時代として、中国仏教彫刻史に刻まれました。その中で、現存するのは53の石窟、そして、51,000点以上にものぼる仏像です。

「雲崗石窟」として世界遺産に登録されているのは、山麓南部の、全長約1kmの地域です。この地域に、53の石窟や数多くの仏像が集中しているのですから、「右を見ても左を見ても仏像だらけ」といった様子でしょう。中国彫刻史における一時代を凝縮した風景が、人々を待っています。「雲崗石窟」を大別すると、まず、北魏時代の第16窟~20窟、そして次が「造営中期」と呼ばれ、第1~15窟が集中して造られています。その中で、第9~13窟は、「五華洞」とも呼ばれ、色彩豊かで華やかな石窟として知られています。更に、第21~45窟が「西部小窟群」と呼ばれている石窟群地域です。これらは主に、開窟された時代やその建築様式の違いなどから、分類されたものと思われます。

「雲崗石窟」の中で、最も象徴的な仏像と言われるのが、第20窟にある「結跏趺坐像」と呼ばれる大仏です。この大仏は、北魏の初代道武帝をモデルにしていると言われています。その大仏の顔を見ると、柔和で落ち着いた表情をしており、また垂れ下がるような長い耳たぶが非常に特徴的で、日本で見られる大仏とは全く印象が違います。像全体が山麓を彫って造られていて、ほぼ単色です。第16~20窟には全て大仏が主像としてそびえており、それぞれが、歴代皇帝をモチーフにして造られたと言われています。

雲崗石窟の仏教芸術を見てみると、開窟初期は、インド仏教の様式が多く取り入れられていて、結跏趺坐像もまた、インドの仏教芸術から多くの影響を受けていると言われています。インド仏教芸術がギリシャ文明から影響を受けているからか、どことなく仏像も彫りの深い顔立ちをしています。しかし、第1~15窟が造営される頃になると、インド様式から徐々に中国様式にその志向が変わってきて、目元が切れ長で、私たちが思い描く仏像に近い印象になっています。雲崗石窟が開窟され、既に1500年もの歳月が流れていますが、そこにある多様な仏教芸術の威厳は決して褪せることなく、現在に至っています。

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