中国世界遺産

開平楼閣と村落

「開平楼閣と村落」は、比較的新しい楼閣群で、その楼閣の多くは1920~1930年に建造されました。そして、歴史的にはまだ浅い地域であるものの、2001年には中国で「重要文物」の指定を受け、2007年に、堂々と世界遺産に登録されました。ここには、中国近代史、及び近代華僑の芸術への価値観が詰まっていて、歴史遺産として保存するに充分に値する素晴らしい所です。

「開平楼閣と村落」は、広東省開平にあります。そしてそこの村々には、現在1,833棟もの楼閣が保存されており、その楼閣の芸術性は、中国の中ではひと際個性的です。私たちのイメージする近代中国建築は、比較的日本にも似た部分が多いと思いますが、この楼閣群の建築様式には、古代ローマ式、教会式、ギリシャ式、アラブ式、バロック式など、西洋世界のあらゆる建築文化が融合されているのです。このような西洋建築様式と古くから中国にあった様式が、当時そこにいた華僑たちによって絶妙な形に融合され、この楼閣群が生まれました。

「開平楼閣と村落」の歴史は、明代(1368~1644年)に遡ります。その当時の開平の地域では、盗賊や馬賊による被害やまた水害にも悩まされていました。ですから、盗賊たちから身を守るため、また水害から避難するために、高層建築物が必要になったのです。こうして必要に迫られて、高層楼閣が次々に建設されることになりましたが、本格的な建設ラッシュが始まったのは、その約500年後の20世紀に入ってからのことです。1848年頃、アメリカはゴールドラッシュに沸きました。また大陸横断鉄道の竣工に伴い、多くの開平に住む華僑たちがアメリカに移住していきました。ところが1880年に、アメリカとカナダで「排華政策」が実施され、大陸に渡った多くの華僑たちが、帰国を余儀なくされたのです。そして華僑が次々に中国に帰国し、開平の地に舞い戻りました。実はこのことが、開平における楼閣の建設ラッシュのきっかけになったのです。

アメリカから帰国した華僑たちは、地元・開平に戻り、アメリカで稼いだお金を元手に、次々と自由な発想で、個性的な高層楼閣を築いていきました。その数は、建設の最盛期には3,000棟にもなったといいます。現存するものは、そのうちの1833棟ですが、今でも尚、中国と西洋建築様式が融合した、エキゾチックな景観を目にすることができます。元々華僑はアメリカやイギリスに積極的に移住するなど、中国の中でもひと際国際性に秀でた面がありました。彼らが中国の古典建築に留まらず、オリジナリティ溢れる建造物を求めたのも、ある意味当然なのかもしれません。

現在では、現存する1833棟のうち、11棟が観光客に公開されています。また、建物内部を見ることができなくても、開平楼閣群の外観は、その場所に行けば見ることができます。中国でも、特に開平という地は建築物の芸術性が高く評価されている場所として知られ、「華僑文化の手本」「建築芸術の回廊」と言われ、称えられています。

「エキゾチックな中国」を堪能したい、若しくは「ひと味違う世界遺産めぐり」をしたいのであれば、「開平楼閣と村落」は、そんな希望に最も叶う場所です。開平では、中国であって中国ではないような景色を存分に堪能することができるでしょう。

国でさがす
イタリア
スペイン
中国
フランス
ドイツ
メキシコ
イギリス
インド
ロシア
アメリカ
オーストラリア
ブラジル
ギリシャ
日本
カナダ
スウェーデン
イラン
ポルトガル
ポーランド
チェコ
ベルギー
トルコ
オーストリア
ペルー
スイス
韓国
オランダ
ブルガリア
エチオピア
キューバ
アルゼンチン
クロアチア
ノルウェー
フィンランド
ルーマニア
ハンガリー
チュニジア
南アフリカ
モロッコ
スリランカ
アルジェリア
エジプト
タンザニア
インドネシア
ベトナム
コロンビア
オセアニア
南米
中米
西・中央アジア
東南アジア
中東諸国
アフリカ
旧ユーゴ
バルト三国
旧ソ連地域
中央ヨーロッパ
北欧
知られざる小国