中国世界遺産

殷墟

殷墟は、中国最古の王朝・殷の都の遺跡のことです。この遺跡は、2006年に、中国で33箇所目の世界遺産登録がされました。殷王朝は、19世紀終わり頃までは、その実態を知る遺跡があまり発見されていなかったので、「謎の王朝」とされてきました。

しかし、殷を知る最初の手がかりが、1899年に思わぬところから発見されました。当時の清王朝に仕えていた官僚が、購入した自分用の薬(甲骨で造られたもの)の中に見慣れない文字を発見したのです。その官僚は、直感的に「これは古代文字であるに違いない」と、独自に解読を進めるために、大量の薬用甲骨を買い込みました。

やがてその作業が大規模に拡張され、1928年には、本格的に殷の遺跡を発掘するための調査が開始されました。それまでの解読の成果で、殷王朝の都が、現・河南省安陽市にある小屯村にあったことがわかり、その一帯が遺跡発掘の調査対象とされました。そして、1968年までに、16万枚の甲骨片、6,000点以上の青銅器、儀式用の方鼎(ほうてい:古代中国の器物のこと)、13の陵墓、700点以上の王器や中国最古の馬車などが発掘されたのです。

この中で、甲骨片の中に刻まれていた文字が、私たちのよく知る「甲骨文字」というものです。この文字は、確認されている限り最古の文字であり、後に漢字形成の原型にもなったものです。甲骨片には、合計4,500種類もの文字が使用された卜辞(占いの書)が刻まれていることがわかりました。そして、その中で解読されている文字は1,700種類程度、この先も解読が進むものと思われます。もし全てが解読されたら、これは殷王朝を知るための、最大の手がかりになります。

「殷墟」として世界遺産登録がされた場所は、現小屯村を中心にした、東西6km、南北4kmの24km2で、小屯村のほかにも、その周りを取り巻く幾つかの町村が、遺跡発掘の地として、世界遺産登録の対象になりました。勿論現在では、発掘された場所やものは丁寧に保存されていますし、また「世界遺産登録」という肩書きを得たことで、観光客も激増したといわれています。

ただ、日本では、中国の世界遺産の中で、まだまだその知名度が低い状態です。それ故、日本人観光客はあまりいないようです。というのは、安陽市と日本を結ぶ直行便がなく、中国を観光旅行する日本人が、ほかの大都市に流れてしまうからです。

しかし逆に言うと、そこは日本ではまだまだ未知の世界です。多少不便で飛行機の乗り継ぎをしなくてはならないにしても、日本語が全く聴こえてこない場所で、古代中国にどっぷり浸かり、日本人の知らない世界を堪能することには、特別な価値があるように思います。

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