イタリア世界遺産

マテーラの洞窟住居と岩窟教会公園

イタリア観光には見どころがたくさんあると思いますが、一度訪れてみたいユニークな町がマテーラの洞窟住居です。

1993年に文化遺産として世界遺産の登録を受けた洞窟を利用して作った住居や教会が建ち並ぶ街です。

現在もその世界遺産に人が暮らしており、一般の住宅もあれば、ホテルやレストラン、ショップ、スポーツジムなどに利用されているところもあります。
色白の綺麗な街並みは絵に描いたようでとても美しいです。
ただし、もともと岸壁や峡谷にある洞窟を利用して造られた町なので、階段や坂が多いのがちょっと大変かもしれません。

マテーラの洞窟住居は美しく、人が住み生活していると紹介しましたが、実は、今のような状態になるまでには紆余曲折がありました。
一般的に皆さんがイメージする洞窟というのは、暗くてジメジメしていて、綺麗とか住みやすいとうのとはほど遠い所にあると思います。
確かにその昔はそういった時代があったようです。

マテーラの洞窟住居は時代とともに移り変わってきています。
しかし、過去の洞窟住居がベースになっているのはいうまでもありません。
その昔、初めて洞窟を住居にしようという人が現れたのは8世紀ごろだと言われています。

イスラム勢力に迫害されてイタリアのこの地に逃れてきたキリスト教の修道士が、新石器時代から存在していたと言われている洞窟の中に逃げ込んだのが始まりと考えられています。
洞窟を住居として暮らし始めた修道士は、洞窟の一部を聖堂などに利用しました。

周りにある130もの洞窟を巡っては、キリストの信仰に基づくビザンツ様式のフレスコ画を掘っていったと言われています。
聖堂の周りに次第に農民たちが移り住んできて町ができ、16世紀には洞窟だけでなく、その入り口に石を積みながら建て増しをした形態の住居も登場しました。
ユニークな箱型の住居が織りなす不思議な景観の町が出来上がっていきました。
もっとも、20世紀に入ってマテーラの町は経済発展から取り残され、イタリアの中でも貧困地区と言われるようになっていきました。
また、洞窟特有の窓がなく湿気がこもる部屋に、家畜などと一緒に暮らしていたため衛生状態も悪く、ついにはイタリア政府によって、住民が全て退去を命ぜられました。

それは第二次世界大戦からまもない1952年のことでした。
一時期は無人になったマテーラの洞窟住居ですが、実は4000を超える住居群からなっています。

町の中心には大聖堂ドゥオモがあり、マドンナ・デッリドリス教会、サン・ジョヴァンニ・イン・モンテッローネ教会。
サンタ・ルチア・アッレ・マルヴェ教会、コンヴィチニオ・サン・アントニオ教会、サンタ・マリア・デ・アルメニス教会といった岩窟教会があり、教会の壁にはかの宗教画が残されています。

これらの建造物の価値を重く見たイタリア政府は保護活動に乗りだし、町の環境整備とともに、世界遺産への登録へと結びつけるに至ったのです。
世界遺産となったマテーラの洞窟住居に、イタリアの各地から新たに移住してきた人々がいます。

湿気を払うために1年も2年も部屋を乾燥させなければならないなど、住めるようになるまでには時間がかかったようですが、移住者はみな洞窟住居の心地よさに魅了されているようです。

マテーラの洞窟住居を訪れたなら、あくせくとツアーでイタリア観光を行わず、洞窟住居のホテルに宿泊して、世界遺産の醍醐味を体感してみることをおすすめします。

また、この辺りは小麦の産地であり、イタリア人から絶賛されるマテーラのパンが絶品です。
デュラム・セモリナ粉と天然酵母、水、塩で作られた、外はカリッと中はもちもちのブール風のパンは、日本人の口にもピッタリです。

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