イタリア世界遺産

ポンペイ、エルコラーノおよびトッレ・アンヌンツィアータの遺跡地域

イタリアはローマの市街地にコロッセオなどのローマ帝国時代のイタリアの遺跡が数多く残っています。

石で作られたイタリアの文化遺産は2000年経っても朽ち果てておりません。

さて、イタリアの世界遺産としてポンペイ、エルコラーノおよびトッレ・アンヌンツィアータの遺跡地域が世界中で類を見ないものとして挙げられます。
特にポンペイは街全体が世界遺産の遺跡です。

最盛期には2万人が住んでいたといわれる、この時代としては大規模な街でした。
ところが西暦79年のヴェスヴィオ火山の大噴火により、街は火砕流や火山灰に襲われ、深い地面の下に埋もれてしまいました。
堆積した火山灰の厚さは5メートルにもおよびます。
噴火が起きた時に市民の多くはローマなどに逃げたのですが、わずか2日ほどで埋まってしまったため、逃げおくれて犠牲になった方も大勢居ます。

それ以降、二度と街は復活しなかったものの、街の存在は半ば伝説の様に伝えられてきたポンペイですが、1748年に埋もれた街が再発見されました。
あっという間に埋まり、特に火山ガスなどにより酸欠状態になったためか、風化から逃れた遺跡が次々見つかりました。
例えば建造物が完全な形で見つかったり、色鮮やかな壁画が現れたりです。

その後も徐々に発掘が続けられ、多数の壁画が見つかっています。
2000年前のローマ帝国の文化を色鮮やかに現代に伝えています。
生活の様子もそのままになって見つかっています。
食器やパン屋のかまどのようなものだけでなく、焼いていたパンやテーブルに並べられた食事もそのまま見つかっています。
生活そのままが地中深くに封じられているのです。

この街で犠牲になったのは、現在でも恐れられている火砕流によるものと考えられています。
一瞬のうちにガスにまかれ、火山灰で生き埋めになりました。
その後、遺体の部分が腐敗してなくなり、火山灰の中に空洞ができました。
発掘調査の際にはこの空洞に石膏を流し込み、亡くなった方達の姿を復元しています。
幼い我が子を守ろうとする母親、悶え苦しむ人々、そして飼い犬の姿などが次々と見つかっています。

現在は街の全貌ではありませんが、世界遺産の一部が公開されており、街を散策する事が出来ます。
世界遺産の建造物や壁画などを実際に見て回る事が出来ます。
ただ、埋もれていたものを掘り起こした事により風雨にさらされ、風化や崩壊が進み始めています。
中には倒壊した建物もあります。
このため、全てを掘り出して展示する事は困難になって行く事でしょう。
イタリアの散策に際しては、ナポリから周遊鉄道を使うと便利です。

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