イタリア世界遺産

デル・モンテ城

イタリア南部ブーリア州アンドリア地方に広がる緑豊かな田園地帯の丘の上には、ちょっと変わった外観の白いお城がぽつんと建っています。
八角形の面のそれぞれのコーナーに八角形の八つの塔を配し、中心には八角形の中庭のあるデル・モンテ城です。

その独特の形状から「丘の上の王冠」とも呼ばれています。
またカステルは城、モンテは山を意味し、「山の城」とも呼ばれています。
サンタ・マリア・デル・モンテ近くに位置し、付近はアルタムルジャ国立公園と指定されています。

世界遺産へは1996年にイタリアの文化遺産として登録されました。
イタリアの世界遺産デル・モンテ城は13世紀半ば、神聖ローマ帝国の皇帝フェデリコ2世がある想いや願いをこめて建築しました。
当時、キリスト教勢力である十字軍はイスラム軍と聖地エルサレムを奪い合う激戦を繰り広げていました。
キリスト教の拠点となっていたイタリアの皇帝フェデリコ2世のもとへ戦利品が運び込まれてくると、皇帝は天文学や数学、哲学など多くの面で優れたイスラム文化に感嘆し、イスラムとの戦いが不毛であると気付きます。
そして、その友好の願いを込めてデル・モンテ城を築きました。
フェデリコ2世は異文化に寛容であったことで知られ、アラビア語やギリシャ語など複数の言語を話したと言います。
当時のキリスト教の拠点シャルトルと、イスラムの中心メッカとをつないだ直線上にデル・モンテ城を築き、各所にイスラムの技術を散りばめました。
また8という数字もイスラム教では風位と宇宙の均衡を表し天国を意味する数字で、同時にキリスト教ではキリスト復活までの日数でもありました。
その8を黄金比を用いた八角形で表現しています。

イタリアのデル・モンテ城は敵の襲撃や攻撃などには不向きな構造をしているため、人を招き入れるため、または休息の場として使われていたと考えられているのです。

フェデリコ2世が築城・改城を手掛けたものは200にも及びますが、イタリアのデル・モンテ城が最後の城だと言われています。
フェデリコ2世死後は牢獄として使われていましたが、最後の囚人は彼の孫だったと伝えられています。

現在、世界遺産であるデル・モンテ城内部の1階は博物館と、中世の生活や食卓を解説したパネルなどが展示されています。
天気の良い日ならば、真っ青な空に映えるこの美しい白亜の城をみることができます。
皇帝フェデリコ2世の想いに触れながら、城を見上げ探索してみるのも、一つの世界遺産デル・モンテ城の楽しみ方かもしれません。

国でさがす
イタリア
スペイン
中国
フランス
ドイツ
メキシコ
イギリス
インド
ロシア
アメリカ
オーストラリア
ブラジル
ギリシャ
日本
カナダ
スウェーデン
イラン
ポルトガル
ポーランド
チェコ
ベルギー
トルコ
オーストリア
ペルー
スイス
韓国
オランダ
ブルガリア
エチオピア
キューバ
アルゼンチン
クロアチア
ノルウェー
フィンランド
ルーマニア
ハンガリー
チュニジア
南アフリカ
モロッコ
スリランカ
アルジェリア
エジプト
タンザニア
インドネシア
ベトナム
コロンビア
オセアニア
南米
中米
西・中央アジア
東南アジア
中東諸国
アフリカ
旧ユーゴ
バルト三国
旧ソ連地域
中央ヨーロッパ
北欧
知られざる小国