イタリア世界遺産

レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』があるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会とドメニコ会修道院

イタリアの世界遺産であるレオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』があるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会とドメニコ会修道院はミラノという町にあります。

レオナルド・ダ・ヴィンチのドキュメンタリー映画を観てから是非イタリアとフランスに世界遺産のレオナルド・ダ・ヴィンチの足跡と辿る旅に行ってみたいなとずっと思っていました。

映画の中で、あの世界遺産サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の食堂の『最後の晩餐』のシーンで、一日にほんの少しだけ描いたり、その気分によって仕事のスピードが違っていて毎日少しずつ長い期間を経て完成させているのが印象的でした。
そのサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の修道士がダ・ヴィンチに仕事が遅いのでもう少し早く終わらせて欲しいとお願いするシーンもドキュメンタリーに出てきます。

イタリアへ行ってその教会を見学しようと予約をしても夏場は特に混むので日本から早めに予約をすると良いと思います。
ミラノはあの時代、フランスが統治していた時期もあり、またイタリアになったりと揺れていました。

世界遺産のダ・ヴィンチにフランスに『最後の晩餐』を持ち帰りたいと壁画で不可能であるにも関わらず冗談をいうシーンもあり微笑ましいです。
絵を描いた数十年後、絵学生たちは『最後の晩餐』の絵を見ながら絵を描いていたようでした。

ミラノが戦禍に見舞われた時、その教会の『最後の晩餐』が描かれていた壁は不思議に残っていたそうです。

実際ミラノへ行って壮大なその絵を眺めていると当時のレオナルド・ダ・ヴィンチをどうしても思い浮かべてしまいました。
あのドキュメンタリーで絵の構想を練る様子は聖書を実際に読んだり、描いては捨てているシーンもあり、その繰り返しを経て世界的にも認められる絵を完成させた才能は素晴らしいです。

あの頃、同じような『最後の晩餐』の絵は他の画家も描いていますが、眺めていても一番ぐんと見る人を惹きつける魔力を持っている描き方、構図はやっぱりレオナルド・ダ・ヴィンチが一番だと思います。

ミラノはどこかビジネス街のような面があってどこかお洒落を感じる街です。
あの街から世界的に有名な高級車やファッションが生まれているのも不思議ではない感じがします。

しかし当時は才能ある芸術家を大事に召抱えてくれるパトロンも多く、天才レオナルド・ダ・ヴィンチのような芸術家が花を開く時代にもなったと思います。

イタリアもレオナルド・ダ・ヴィンチをフランスへ移住させないくらいの良い待遇をしていたなら、モナリザもフランスに渡る事は無かったでしょう。
あのレオナルド・ダ・ヴィンチのドキュメンタリー映画は偶に観たくなります。

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